The Essay

ジェリー

ジェリーちゃんという友達がいる。

同じ会社の仕事仲間で、圧倒的な”陽”の気を放っている子。お酒が大好きでいつも大酒飲みして記憶を前日の夜に置き忘れてきてしまい、翌日そのことをくよくよしている子。一緒にいるとそれはそれは楽しい子。

一方で僕はまったくお酒が強くないのだけれども喋ることは大好きなので飲みの席にはついていくというタイプの人間。

同じ2023年入社組ってこともあって、同期飲みと称してみんなで飲む機会が多く、もうきっかけは忘れてしまったけれどいつの間にかプライベートでジェリーちゃんのお友だちとも一緒に飲むようになってる。

そしてジェリーちゃんの周りには友だちが多い。

友だちといってもいわゆる同級生的なお友だちだけではなく、「この子は小中学生の時の」「この子は高校」「この子は大学で」「前の前の職場の」「バーで声掛けて」とか接点がバラバラなのが特徴的。それぞれごとに交流が続くのはまだ分かるとして、彼女が「みんなで飲み会やろー!」って言うとこれらみんなが一堂に介する。年齢もジャンルもバラバラしているので、社会人サークルみたいな様相を呈している。

最近は僕もここに「この人は今の職場の」という前置きで混ぜてもらっているわけです。

ジェリーちゃんには、さきちゃんとめぐちゃんという仲良し友だちがいる。

基本この3人がセットになっていて、しょっちゅう一緒にいる。本当にいつも一緒にいる。ご飯食べたり飲みをしたり出掛けたり。最近は僕もここに混ぜてもらって4人パターンなことも多い。4人のsetlogルームもある。

この3人、キャラクターというかジャンルもそれぞれ違ってて(好き勝手に言わせてもらうともし中学生だったら仲良しグループ違うだろうなってくらい)、なのに全然衝突したりしないので喧嘩になったことも一度もないんだそう。側から見ていると、敬い合いと許し合いのバランスが絶妙に歯車みたいに噛み合ってるんだなあって印象。

そんな彼女らの共通項は、ライフワークバランスにおけるライフのために日々を全力で過ごしているということ。setlogを見てると「あーまだ火曜日だー」とか「はよ仕事終われ」みたいな社会で働く誰もが抱えてるようなストレスを吐きながら日々を過ごし「明日行けば週末!会える!」みたいなモチベーションで、平日の夜と週末をすごく楽しんで過ごしてる。

僕も混ぜてもらうようになってから、一緒に県外旅行にも行ったし、先日は彼女ら仲間たちの年1恒例行事になっている阿久根の貸別荘をレンタルしてみんなでBBQしたりして1泊過ごすってお出掛けにも参加させてもらった。

本当のバランス

そういう日々をこの1年だか2年だか共にするようになってから、僕の中のライフワークバランスの価値観が揺らいでいる。

僕は圧倒的にワーク寄りの人間で、いわゆるワーカホリック。専門的に学んだことがない独学でウェブの世界に飛び込んできたことにどこか負い目があるのか、時間があれば仕事や勉強を詰め込みたくなってしまう。平日は朝早くから夜遅くまで仕事に耽り、休みの日はコワーキングスペースで勉強をする。好きでやってる仕事だからいくらでもやれてしまう。ずっとそうやって過ごしてきたし、むしろそういうライフスタイルに自分なりの矜持すらあった。

ところが彼女たちの重心の置き方は僕のそれと反対側。

ライフを最大限楽しんでいる彼女たちと一緒に過ごす時間が増えていくなかで、至極当然のことなんだけど、ライフあってこそのワークだなと。こんなに楽しいライフがあるからこそワークに対する価値が高まる。ワークの濃度が増す。そして次のライフがもっと楽しみになる。今、自分にとって非常によいライフワークバランス・サイクルが回っている。

これまでは勝手にライフワークバランスって天秤のようなものを頭の中に思い浮かべていて、僕はワークによる価値創出を最大化するためにそもそもワークに時間を圧倒的に偏らせるってことをやってきたけど、そうではなくて、ライフに重心を寄せた時こそ、ワークの価値創出が最大化するんだなと。

大人になってできた友だちと過ごす時間がそれを気付かせてくれたことが、幸せなことだなあと噛み締めている今日この頃です。

これを書いている今、明後日もジェリーちゃん・さきちゃん・めぐちゃんとカレーとビールのイベントに遊びに行ってきます。ライフを楽しんでワークの価値を最大化しよう。

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